Spector NS-2J 1983

私が所有する数十本のベース・コレクションの中に、Spector®社のベースが二本ある。一本はNS-2、もう一本がNS-2J。
NS-2Jは日本のミュージシャンだと、後藤次利さんが長年使っていることでも有名なベースである。

Spector®は1974年、ニューヨーク・ブルックリンで誕生したエレクトリック・ベースを中心とした楽器メーカーである。
スペクターというと私が育った地元の暴走族の名前だがそれとは違うし、ダジャレばかり言ってる外国人のことでもない。
詳しいことはWikipediaに書いてあるので、そちらを参照して欲しい。

ネッド・スタインバーガー

Spector®の代表的なモデル、NSシリーズををデザインしたのは、ネッド・スタインバーガー氏。
そう、あのヘッドレスベースの先駆者であり、エレキギターのデザインに革命を起こした、STEINBERGER®の生みの親である。
スペクターのベースは、身体にフィットする人間工学的な曲面とバランスのとれた重量配分で、手にとって構えた瞬間に良い音がしそうな予感をさせる。
創業者スチュアート・スペクター氏は、1974年ブルックリンのコミューンで木工技術や知識も無いままに創業し、友人達の助けを借りながら、何度も失敗を繰り返しながら技術を習得し、楽器作りを始めた。
そしてある日、ついに完成した一本のフレットレス・ベースをニューヨーク48番街の楽器店に450ドルで売る事が出来たのだという。何故フレットレスだったのかというと「何本フレットを打ったら良いのか分からなかった」というジョークなのか本当なのか分からない逸話がある。

1976年のある日、運命的な出会いが訪れる。

とある日に、スペクター氏がたまたま訪れた家具店で、家具職人のネッド・スタインバーガー氏と出会うのである。
楽器のデザインに興味を持っていたスタインバーガー氏は、スペクターにベースのデザインをしたいと自ら提案した。
そして出来上がったデザインが、後にスペクター社を代表するモデルとなる「NS」シリーズとなった。
もちろん「NS」はネッド・スタインバーガーのイニシャルである。
余談だが、スタインバーガー氏の父はなんとノーベル物理学賞受賞者である。
本人は芸術大学で彫刻を専攻し、家具職人となり、人間工学への造詣も深く「ツールはできる限り身体の一部となるべきで、そうであれば人間は意識せずに快適に本来の目的に専念することが出来る」と語っている。
スペクター・ベースは、その思想をカタチにしていることが、持ってみるとよく理解できる。
もちろんフェンダー・ベースも革命的な楽器なのだが、スペクター以前の楽器のデザインとは一線を画すデザインであり、立って演奏しても座って弾いても自然に身体にフィットしてストレスを感じさせないのだ。

ネッド・スタインバーガー氏は、このスペクターのNSシリーズで楽器の世界に革命を起こし、その後は自身の名を冠したヘッドレスベースの「STEINBERGER®」で、またもや革命を起こした。
但し、商業的な成功でいうと、スペクター社もスタインバーガー社も、そこまで大きな成功を収めてはいない。
両社ともブランドを成長させる為に大手資本に会社を売却し、愛用者からするとその魅力を失ってしまった。

NS-2Jについて

話を戻すと、このNS-2Jは1983年から1985年の間に276本だけ生産されていた。その後、何度か復刻モデルが登場しているが、私が所有しているのは、1983年製のオリジナルモデルで、シリアルナンバーは090B。要するに90番めの個体ということ。復刻版は少しディテールが違い、セルフカバー版ではあるものの、ボディシェイプも違い、ちょっと野暮ったい。
NS-2JはNS-2の廉価版という位置付けで設計されたモデルとのことだが、私はNS-2J方がバランスが良い気がしている。
とはいえ廉価版でも40万円もしたので、1983年当時の自分が買えるような価格ではなかったし、当時から高価な楽器であったことには違い無い。
中古市場で見かける事は殆ど無いのだが、十数年ほど前に完璧な状態の本機に運良く巡り合い、手に入れる事が出来た。
それでは私が所有している愛機の自慢話を上から順番に記録して行こう。

HEAD

スペクターのヘッドは独特のしゃもじか木ベラのようなデザインに、シャーラーのマシンヘッドが取り付けられている。オリジナル仕様では金色のデカールでスペクター・ロゴなのだが、これはアバロンインレイに変更されている。
デカールは剥がれやすいので、恐らく私が入手する以前のオーナーが施したものだと思われる。

NECK & FINGERBOARD

フィンガーボードはローズウッド。(NS-2はパーフェロー
ポジションマークは控えめなドットインレイ。
ネックはジャズベースに近く薄くて細いので、あまり手が大きくない私でも手に馴染み弾きやすい。
ネックに於いてNS-2とNS-2Jの決定的な違いは、ネックとボディが一体のスルーネックか、ネックをボディにネジ留めしてあるボルトオンネックか、という事だ。手間と製造コスト的にはスルーネックの方が高いのと、一体成形なので楽器全体が共鳴すると言われるが、これは好みの話だと思う。
私はボルトオンネックの方が音にパンチがあるように感じる。
あとはプレイヤビリティの話で、ハイポジションを多様するようなプレイスタイルの場合、確かにスルーネックの方が滑らかでストレスが無いかもしれない。

BODY

ソリッドのエレキギターのデザインというのは、どうしてこのダブルカッタウェイのアシンメトリーな「ツノ」を思いついたのだろうか。
それまでの楽器には無いデザインが突如として出現したのだ。
私には、未来から来た誰かが、レオ・フェンダーの耳元で囁いたのだとしか思えない。そうでもなければ、あの冴えないおじさんが急にあんなイカしたデザインを思いつくことは説明がつかない。
世界最初のソリッドエレキギターはレオ・フェンダーが開発した、エスクワイアだとされているが、そこからさらに進化し、低音源部のボディを伸ばし、ストラップピンを取り付けたデザインが、1951年に発表されたフェンダー・プレシジョンベースであり、この形状の元祖である。
そしてこの後1954年に発売されたものがストラトキャスターである。
ちなみに、レオ・フェンダー氏は最期に「世界中のアーティストにしてあげられる事は全部やった」と遺してこの世を去ったということだ。
世界最初の製品が、ほぼ完成形で登場したというのは本当に凄いことだと思う。

PICKUPS & ACTIVE CIRCUIT

ピックアップはEMG社製のJB(Jazz Bass)タイプなのだが、通常のJBセットアップと違うのは前後共にEMGのSJ(フロント用)が2つセットされているのが特徴。これにより音質にどこまで効果があるのかは分からないのだが、こうして語り継がれるだけでもスペクター氏の製品への拘りが感じられるのでブランディングとして大成功なのだと思う。
EMGのピックアップは賛否両論あり、よく言われるのが「EMGってEMGの音しかしない」と、ディスる意見を聞くのだが、私はそうは思わない。
ボディと弦の鳴りを最もよく拾ってくれるピックアップだと思っているし、なにしろノイズが無いのと、レコーディングした時の粒立ちの良さ、エフェクターのノリの良さ、そしてアクティブサーキットとの組合せで、かなり個性を出す事も可能なピックアップであると思う。
Active Circuit : HAZ-Lab. 9V Active Tone Controls
初期のスペクターには専用に設計された、このHAZ-Lab.製のアクティブ・サーキットが搭載されている。この組合せにより、スペクターの個性的な音色が完成されている。コントロールはヴォリューム、バランサー、トレブル、ベースで構成されていて、トーンコントロールのカーブが気持ちよく、効きが良い。リアピックアップのみで弾けばヴィンテージのジャズベースのような音がするし、全てフルテンでスラップをするとゴリゴリのファンキーサウンドで実に気持ち良い。

BRIDGE

ブリッジは名機BADASS-Iがボディをザグって落とし込んである。
これが初期のスペクターの特徴でもある。
私はこのブリッジが好きで、デッドストックのBADASS-Iを見つけては買い込んでいる。分厚いしクセのあるブリッジなのだが、BADASS-IIよりも妙な安心感がある。なにしろシンプルなデザインなのが良い。
ゴルフのパターで言うところのPINGのAnserの感覚だろうか。
BADASSはマーカス・ミラーがBADASS-IIに換装した1977年のフェンダー・ジャズベースを使用したことで、同じ仕様にする人が一気に増えた。
BADASSのブリッジはLEO QUAN社で製造され、シリーズとしてはBADASS-I、BADASS-II、BADASS-IIIが存在していたのだが、製造上の理由とかで、ここ暫くは入手困難な状態が続いていたところ、All Parts Music Corporationに買収されたらしい。
なのでオリジナルは、ほぼ製造されておらず新品の入手は市場に出回っているデッドストックを探すしか無いのだろう。

ただし、このBADASSは、どんな楽器にも相性が良いというわけでは無い。BADASS-Iはブリッジ自体が分厚く、普通に取り付けると弦高が恐ろしく高い設定になってしまう。なのでNS-2J ではボディにザグりを入れてブリッジを落と込んで取り付けられている。こうする事で実際のところどうだか分からないが、なんとなく弦振動がボディ全体に行き渡っている気もする。
この後のNSシリーズはスペクターオリジナルデザインのゴツいブリッジに変更されている。
ちなみについ最近、非常に珍しいBADASS-IIIの新品デッドストックを手に入れ、80年代後期に販売されていたフェンダー・ジャパンのプレシジョンベース(30インチのショートスケール)にインストールしてみたところ、一気にバランスが良くなり万能選手に生まれ変わった。

それでは全体を見てみよう

どうだろうか、この名車Jaguar E-Typeのような美しさ。
女性のようにカーブしたボディラインは、エロティックですらある。
立ってよし、座ってよし、抱いて寝てもよし、の完璧なスタイルだ。
重量も4キロを少し切っているのに、音は図太く芯がある。
出自が家具職人で楽器が専門ではなかったネッド・スタインバーガー氏が、フェンダー・ベースを解釈して再構築し、創造した結果がこうだったのだろう。
スペクターのボディシェイプは製造した年代と工場によって微妙に形状が違い、私はこのブルックリン時代のモデルが最も美しいと思っている。そっくりさんと本人ぐらいの差がある。
2013年に後藤次利さん監修により、限りなくオリジナルに近づけた復刻モデルというのが限定21本で65万円という価格でキョーリツコーポレーションから発売され、話題となった。私も興味があったので試奏の機会を得て弾いたことがあるのだが、残念ながら全くの別モノだった。

最後に

このスペクターNS-2Jは、私にとっての理想系の楽器であり、いつまでも弾いていたくなる心地よさがある。
もちろんヴィンテージのフェンダーの中には素晴らしいものがあり、あれはあれでコレクションとしては良い。
なぜ私がこの楽器に惚れ込んでいるのかと言えば、それまでの常識を疑い、改良と美しさを求めた二人の素人が成し遂げた偉業のストーリーに感銘を受けたからに他ならない。

2016年、ワシントンD.C.のスミソニアン博物館にSpector®のUSA製ベースとギターの2本が常設展示物として展示されることが決まったそうだ。ギターで採用されている木材は、木製貯水タンクの木材“Old Growth Water Tank Redwood”を採用しており、素材のアップサイクリングという意味でも非常に興味深い。

このSpector® NS-2Jは、生涯手放すことの無い楽器のひとつである。
いつの日か、BADASS-Iが搭載されているNS-2と出会えたとしたら、間違いなく買ってしまうだろう。

Photo by Toshimitsu Takahashi